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白紙六枚目下半分 [白紙]

そこにあったのは、何の変哲もない或るブログの、白紙のページ。
これは半分にされた白紙の下半分のようだ。


「イダルが見つからない?」
多くの人が賑わう船着場でしばらく振りに正当な手段で出航申請をしていたスィンパ。
しかしそこではとある話で騒がれていた。
「それがね、誰かが一生懸命集めて回ってるらしいよ?シェマさんに届けられてるわけでもないみたい」
申請を受理しながらニェポが言う。
どうやら出航受付所では誰も彼もその噂話をするのに忙しいらしい。
そんな中で、一日受付に座っていれば、嫌でも噂話が耳に入るというわけだ。
「シェマさんざまぁ!・・・でもただの悪戯にしては労力を割いてるなぁ」
「100回もニャーニャー人形を壊しに行った人がそれを言うの?」
ニェポの言葉を何事も無かったかのように受け流すと、スィンパは思考を巡らせる。
「戯れに集めるにはあまりに旨味の無い石ころ、シェマさんに渡ってないならBP稼ぎでもない。ぶっちゃけ私なんて気まぐれに持ち帰ってみてもシェマさんに渡すのが面倒で船着場に捨てていくしなぁ」
「さらっと言うの止めてよ、道理でこの辺 普通の石ころに混じってイダルが落ちてるわけだよ」
「まぁまぁ、ともあれ、正直イダルなんか集めて、誰がどんな得をするのかさっぱりだね」
「それはスィンパがイダルの価値を知らないからだよ。おいらたちにはただの石ころでも、誰かにとっては金の塊だったりして」
「イダルの価値か、イダルねぇ・・・」
そういえば、いつか集会所でちびっ子とリプルが取り合っていたのもイダルだったし、リプルが一生懸命イダルを集めているらしいことも、追いかけていて最近ようやく分かってきた。
魔砲少女たちにはイダルの価値というものが分かっているのだろうか。
難しい顔で唸り声を上げるスィンパに、「それと」とニェポが言葉を継ぐ。
「誰が得をするのかについては、多分分かるよ。遠征地で青い服の人がイダルを集めているのを見たって人がいたから」
「青い服ねぇ・・・青い服!?謎の美女じゃないか!」
「謎の美女?」
何言ってんだこの人 と言いたげなニェポなど気にも留めずに、スィンパは歯噛みする。
『謎の美女』という部分に注目しすぎて、彼女の持つ通り名を忘れていた。
『魔砲少女りりかる♪おねーさま』
彼女もまた魔砲少女、ならばイダルの価値を知り、イダルを集めていたはず。
集会所で魔砲少女たちが奪い合っていた物がイダルだった点にもう少し注意していれば、すぐに気付けたはずだった。
「出遅れた!彼女に会うならイダル回収が最短ルートだったんだ!」
「手遅れだね、もう普通の遠征地では拾えないみたいだし」
悔しげに受付カウンターをバンバン叩いているスィンパに、ニェポは肩をすくめた。
「他にイダルは!イダルは無いのかぁぁっ!」
「あるにはあるよ、港倉庫に保管してあるって聞いた。でも欲しいからって略奪はしないでよ・・・ね・・・」
言いながら外に目をやって、そのままニェポは固まる。
視線の先では、遠くにある港倉庫のひとつが綺麗に崩れ落ちていた。
「ねーちゃん!倉庫が!」
ハッとした様子でヒューリがそちらに目をやるが、出航受付から見えるその景色の中、彼女はニェポと違うところに異変を見出す。
「遠征受付は中止だ!誰か出航しかけた船を止める手伝いをしてくれ!」
先ほどまでの曇り空はいつの間にか暗さを増しており、時折不穏に光っている。
俄かに慌しい雰囲気が出航受付所に満ち、海に面した船着場へと駆け出すヒューリに、何人かのブリーダーが続いた。
「急に天気が変わっちゃった・・・お、おいらも行ってくる!」
転がるように出て行くニェポに、スィンパもモモテロを伴って表に出る。
ほんの少し前とは打って変わったような悪天候がそこにあった。

雲は不穏な気配を帯びて黒々とたちこめ、渦巻く風が海を激しく波立たせている。
何より、その景色を異様にしているもの。
海上に姿を現した一匹のシエルレだ。
長い尻尾をゆらりと揺らしながら、平たい体はひらひらと捉えどころなく浮いている。
どこか緊張感の足りない森水の使者は、何がどうしたものか、いつもの何十、否、何百倍という巨躯を以ってそこにいた。
そいつがうぞりと身動きすると、閃光が爆音を上げて、天と海を結ぶ。
落雷が大気を引き裂く、その衝撃が人々とモンスターたちを震わせた。
「なんだよあれ・・・どうしようもねーよ・・・」
見上げた光景に呆然と、誰かの漏らした諦めの言葉。
それを打ち消すものがあった。
「シエルレの下に何か・・・あれは・・・なんだ!?」
「波でしょ」
「流氷に見えるな」
「いやあれは・・・魔砲少女だ!」
希望を見出して活気付く声を聞きながら、目を凝らす。
今回は対立するのでなく、共闘しているらしい二人の魔砲少女たちが遠くに見えた。
リプルと、もう一人は・・・少なくとも、ももではない。いつぞやのちびっ子かと思えば少し違うような気もする。 ひとまず二人もいればきっと大丈夫、というか、橙がいなくては手の出しようも無く。
ギリギリと歯噛みしているスィンパを他所に、沸き立つ声があった。
「オレらも船を出して加勢しようぜ!」
「待てよ、俺たちには俺たちの仕事があるらしい」
逸る一人の若いブリーダーを抑えて、落ち着きのあるそのブリーダーは船着場と海の境を睨む。
白く尖る波の間から這い出し船着場の足場に姿を現したのは、これまたシエルレ。
大きくはない、が、その数たるや10や20ではなく、笑って済むような数ではなかった。
魔砲少女とブリーダーたちを分断するように、むしろ、自分たちがユタトラを攻め落とすと言わんばかりの勢いで、幾重にも連なって押し寄せる。
「壁を作れ壁を!一匹だって街に入れるな!」
「チクショウ!どうなってやがる!?」
「勇者殿!わしの踊りを見てくだされぇぇぇぇぇえ!!」
各々必死の声を張り上げて、侵入者を阻む壁となる。
コルヌーたちはスクラムを組んでシエルレたちに立ち向かい、それを乗り越えたシエルレは片っ端から迎撃される。
どのシエルレも一撃を受けた傍から、ボチャンと海に沈んでいった。
あまりに手応えが無く・・・弱い。
ということはやはり、この辺でよく見かける普通のユタトラ近海のシエルレだ。
本来は大人しくて、近海遊覧船が走ってもほんの2~3匹が驚いて攻撃してくるだけなのに。
今は何かが捻じ曲げられてしまったかのように、シエルレたちは我を失って船着場へ殺到している。
このシエルレたちは弱い。最早 誰もが気付いていたが、押し寄せるシエルレたちからユタトラを守るためには応戦せざるを得なかった。
バシャンバシャンと、力を失ったシエルレが海に落ちる音が聞こえる。
海の臭いに森水の香りが混じっている気がするのは錯覚か。
これは近海のシエルレがいなくなるまで続くのだろうか。
ユタトラが守られて万事解決となるだろうか。
それに同意出来なければ、異論を唱えなければならなかった。
声を大にして、訴える先も分からずに叫ぶ。
「こんなの間違ってる!!」
世の中どうにも出来ないことは沢山あるけれど、たった一つ大事な事を知っている。
無理を通せば、道理は引っ込むのだ。

このシエルレたちは弱い。分別のある人ならば可能な限り争わずに矛を収めたいと思っているはずだ。
ここはとにかく、シエルレたちを止めるきっかけが必要だった。
橙が傍にいない今、それが出来るのは傍らで震えている幼いモモテロが一頭きり。
「おまえ、手伝ってくれない?」
声をかければ不意を打たれたようにビクリとして、おびえた目をしてこちらを見上げた。
その灰色が揺れる。
――助けて
ざぁと荒波をたてる海の音に思い出すのは、冷たい水の中での顛末。
アルネロの紅い目が、スィンパを見据える。
否、これは自分の弱さが見せる心象だ。
「お願いだから力を貸して!」
闇雲にぶつけたその言葉は、しかしモモテロの心に届く事はなかった。
また一つ、近くでパシャンと、シエルレの放った水弾が弾ける音。
遂にカクリと腰が抜けたように、モモテロが座り込む。
「ああもう・・・ちくしょう・・・」
切羽詰っているのは、モモテロだけではない。
気ばかり焦って、モモテロを怯えさせる事しか出来ない自分がもどかしい。
それでもまだ、座り込んだモモテロの目は、スィンパに向いていた。
助けを待っているのが分かる。
それに気付いて、必死に打開策を練る思考に束の間、沈黙が降りた。
「・・・私を信じているの?」
それが信じられなくて思わず声を漏らす。
通じない言葉に返事は無いが、声も無くスィンパを見上げる瞳がそれに答えた。
優しく接した事もなければ、不安も和らげてやれないというのに。
モモテロを頑なに受け入れまいとしているスィンパを、それでもモモテロは信じているのだ。
失うことも裏切られることも、まだ何も知らないから。
その信頼は無垢で、スィンパには少し重すぎたが、暖かかった。
記憶のどこかに引っ掛かる懐かしさに導かれて、スィンパは船着場の地面に膝をつく。
目線はモモテロと近い高さ。
アンテロ種を拒否しようとする気持ちを捻じ伏せて、恐る恐るモモテロに手を伸ばして慎重に触れ、毛の流れに沿って撫でる。
一つ一つの動作を確認するように、丁寧に。
このあとは、そう、たしか。
「こう、だね」
腕を回して抱きしめた。
感じる。その体温、ふかふかの毛並みは花の香と、かすかに日向の匂い。
モモテロが躊躇いがちに、そっともたれてくるのが分かる。
近すぎるのに、何故か居心地の悪くない距離だった。
その感覚が、思い出されないまま留まっていた記憶の中の一コマと重なる。
腕の中にある暖かさ、毛の柔らかさに、生き物の匂い、その息遣いと鼓動。
もっと寒い場所・・・ヴァシアタの古びた神殿で、再生されたばかりのアルネロをこうして迎えたことがあった。
それは大海嘯以来 記憶の底に沈められていた、いつも傍にいた小さなアルネロの記憶。
夢で想起される他には固く閉ざされていた記憶が緩んで、次々と思いだされる。
あの子は、雪が降るのを眺めるのが好きだった。
火属性の技を覚えるのに苦労したっけ、
一緒に危険な場所まで行って、無茶をさせたこともある。
それでも傍に私が居なければ、寂しがって鳴いて、

あの子は、あの子の目は、
いつだって私を信じてくれていたけれど、失敗の多い私を決して責めなかった。
他の誰でもない私自身が、アルネロたちを助けられなかった自分を許せなかっただけ。
私は中途半端に思い出したあの子の記憶に、その思いを押し付けてしまっていた。
あの子が私を責めたんじゃない、最初からずっと、私が私を責めていたんだ。
きっとあの子が最期にいったのは、『助けて』じゃなくて
・・・・・・――――

身も凍るような水の中、出来たなら本当は、

あの子にもこうしてやりたかったんだ。

酷い過ちを犯していたような気がして、モモテロを抱く腕に力がこもる。
モモテロは少し苦しそうに、ばふぉ、と息を吐いた。
それをスィンパは気にも留めないで、モモテロの身体に額を強く押しつける。
ようやく取り戻したアルネロの記憶があまりに愛おしくて、その思い出を汚してしまった自分の弱さが耐えかねた。
心の中にいろんなものが廻っていて、苦しい。
それでも言わなければならない、今、言わなければならないことがある。
遅くなりすぎてしまったけれど、分かってくれるだろうか。
モモテロが再生されたのだと気付いた時、本当は、本当は。
溢れた想いが、言葉となって零れた。
「生まれてきてくれて、ありがと」
人とモンスターが争い傷つき合うその場所におよそ似つかわしくない意味を持ったその言葉は、モモテロの耳に届く。
人の言葉はモンスターに通じない。
けれどその言葉に込められた温もりが、幼い獣の心に確かに触れた。
その日芽吹いたばかりの命は、彼女に望まれて自分が生まれたのだと知った。
漠然とそこに在ったものに、存在を支える意味が生まれ、そこに、かけがえのない小さな絆が生まれる。
その絆を介して、繋がる。
一人は伝えたいと願い、一匹は知りたいと願い、
ようやく一つだけ伝わる意思があった。
≪ちからを かして≫
たったそれだけ、或いはそれで充分だった。

怯えて膝を折っていたモモテロが、目の前に荒れ狂う世界を睨んで奮い立つ。
最早恐怖の色はなく、その目に明々と意思は灯っていた。
「お前・・・」
それを見て、ようやく悟った。
特別な力を介して通じ合う意思だけが、モンスターとブリーダーを繋ぐ全てではないと。
触れ合い、心を込めて意思を伝え、そしてただ、それをモモテロが受け入れた。
それで伝わるものは時として思いがけぬほどに、こんなにも互いを繋ぎ合うのだ。
きっと橙とだって、こんな繋がりがある。
当たり前に繋がっていたから、気付かなかっただけなんだ。
それがスィンパの見つけた答え。
橙を探しに行きたいのを堪えて、スィンパは顔を上げた。
膝に付いた砂利を払って、モモテロの横に立つ。
専ら、自分と橙だけを繋いできた、指示具の若木の木剣に触れる。
その意味を考える。
「ひなた、よろしくね」
「ぶるる」
スィンパは≪ブリーダー≫として、新たなパートナーを受け入れる覚悟を決めた。

シエルレたちを止める手段として、スィンパが思いついたのはたった一つ。
オレンジポーチから布にくるまれた塊を取り出して、布を剥いだ。
途端、射抜かれるような鋭い威圧感を放つそれは、ももから受け取った目玉の結晶。
スィンパは確認するように、これがどういうものなのか訊いた時のティッキの回答を思い出す。
――結晶っていうのはね、あるべき物の形を無理やり固めて作ったものだから、急な変化に弱いんだ。
――硬いから衝撃には強いんだけど、電気を流すとかはダメだよ、砕けて結晶の力が外に出ちゃうから!
この目玉の結晶は、グレンタンから採れる悪魔の目玉を結晶化したえげつない代物だ。
恨みの念でも篭っているのか、手の中にあるだけで理由もなく萎縮させられてしまうような気配を帯びている。
これが上空で砕けて、解放された力が一帯に広がったら・・・・・・
そこに賭ける。
目玉の結晶を掲げれば、モモテロ・・・ひなたの目がそれを追った。
「これに一撃、・・・頼むよっ!」
結晶を投げれば、それを撃とうとひなたが身構える。
何の技か指示する必要は無い。近距離の技が届かなければ、生まれたばかりのモモテロに放てるのは放電かスパークと相場が決まっているのだ。そのどちらでも構わなかった。
ひなたは宙に投げ出された結晶を見つめて、今しも雷を撃ち出そうとする。
その横面を、パシャンと叩きつけるものがあった。
予想外の不意打ちに、放たれようとしていた雷は霧散し、ひなたは目を白黒させて たたらを踏む。
カツンと硬い音をたてて、結晶が落ちた。
ハッとして海の方へ目をやる。
ふわりとこちらを向いているシエルレは、恐らくひなたを襲った水弾の主だろう、ひなたを目標と定めた様子でこちらを窺っている。
ほんの一撃で良かった、シエルレの標的に定められるまで10秒もあれば。
けれど、その前に標的にされてしまったら。
実力で言えば、生まれたばかりとはいえ近海のシエルレに遅れは取らない。しかし相性が悪すぎる、シエルレは雷属性に耐性を持っていたはずだ。
近距離を主軸にした戦いは消耗戦、2匹目のシエルレが現れたら対処出来なくなる。
中遠距離では巧みな距離管理が必要だが、訓練が足りない上に橙の力に頼りきってきたスィンパには技量が足りない。
降りかかる攻撃を受けながらやり直しが出来るほど、このモモテロは打たれ強くもなく、何より、勝った上でなお空中の結晶を撃ち抜けるだけの集中力を残さなければならないのだ。
「これは・・・」
口にしかけた投了の言葉を飲み込む。
諦めたら何も変えられない。
けれど、打開する策も浮かばない。
退くことも進むことも出来ずに、立ちすくむ。
肝心な時ばかりこうで、けれど、いつも背中を押してくれるものがいた。
「橙・・・」
思わず漏らしたその名に、
「にゃあああ!」
噛み付くような勢いで応答があった。
その声にスィンパは思わず顔を上げるが、こちらの動きに反応したシエルレが攻撃の動作に移り、振り向くことは叶わない。
頼っても良いだろうか、まだちゃんと謝れていないのに。
まして、私は本当の主人じゃない。
しかし選択の余地は無かった。
「橙!煌く月の加護ぉッ!」
その指示で問う。
私は自分の都合で勝手にお前を頼るけど、橙はそれで良いの?
「っにゃあ!」
応じる声は力強く答えた。
勝手も何も関係ないんですよ。
これが、私たちなんですから。
ガクリと大きくガッツを消費した感覚が襲い、目に見えない障壁がモモテロを守って水弾を退ける。
橙は息切れした様子で座り込み、スィンパは落ちた結晶を拾い上げた。
その間にパシャン、とまた水弾が叩く音。この障壁も長くは持たない。
チャンスは一度。
ひなたと目を合わせて、再び結晶を掲げる。
「集中、――集中して」
絶対に、絶対に止めてやる。
急速に、ひなたの元に雷気が集う。その毛が逆立ち、その身に満たせる臨界に達するのが分かった。
足下に転がる石が、淡く紫の光を放つのに、誰も気付かない。
「行くよ!」
高く、真っ直ぐ中空に向かって投げ上げる。
空を目指して昇る力は徐々に勢いをなくし、それが重力と釣り合って止まる瞬間。
「撃ち抜けぇぇぇぇええ!!!」
紫の光をまとう一筋の雷光が捕らえ、結晶が弾けた。

サラリと崩れてキラキラ輝きながら、船着場にうっすらと結晶が降り注ぐ。
その場に居合わせた人とモンスターの中に、音ならぬ音が響いた。
それは、音だったのだろうか。断末魔であったかもしれないし、或いは憤怒、絶望そのものだったのかもしれない。
あまりに救いの無い、悲痛で、怒りに満ちた、胸が引き裂かれるようなその響きに、全ての生物の思考が止まる。
人々は思わず息を呑み、その傍のモンスターは身を縮こめて、シエルレたちは宙に浮いたまま凍りついたように動かない。
動かないくせに地面に落ちたりはしないらしいが、これは気を失ったのだろうか。
誰もが動きを止める中、試しにこちらを狙っていたシエルレの尻尾を捕まえて海に放れば、ボチャンとしぶきを上げて沈んでいった。
呆気に取られて見ている人々を振り返って、スィンパは勝ち誇った顔で叫ぶ。
「海に落とせーっ!」
止まった思考に一つ叩き込めば、我に返った人がそれに従った。
「これってよォ、こいつらが動き出す前にトドメ刺しちまえば良いんじゃ」
「私はやーよ。これで大人しくしてくれるなら、これが一番に決まってるじゃない」
ごもっとも、と頷いて、或いは疲れたように笑いながら、襲撃者たちを海へ帰す。
最後の一匹を海に放り込んで見上げれば、魔砲少女たちも一仕事終えたようだ。
鋭い光が幾重にも巨大なシエルレを貫き、空中に縫いとめていた。
魔砲少女たちの激しい攻防に雲が掻き消え、陽光がそれを照らす中、巨大シエルレが盛大に弾けて海に森水の雨を降らせる。
シエルレの真下にいる魔砲少女たちは森水濡れになっているのだろうが、服が透けるんじゃないかと期待したのはスィンパだけだったろうか。
ドッと沸き起こった歓声は束の間。すぐにざわめきに変わった。
人々の見上げる空には、紫の光を帯びて飛翔していく何か。
それが一つではなく、あの島から一つ、この島から二つ、幾筋もの光が流星群のように流れていく。
その不思議な空模様に目を奪われるスィンパを、ひなたがトンと押す。
「なに?」とそちらを見れば、興味津々な様子で、鼻先で地面を示した。
そこに転がっている石が、紫の光を灯している。
拾い上げれば、それが誰かの捨てていったイダルであることが見て取れた。
しかし予想以上に
「軽い、な・・・・・・て、ええええ」
言いながら、手が上へと引っ張られていく。
軽いどころの騒ぎではない。イダルが、それを持つ手ごと空に向かって引っ張られているのだ。
驚いて手を離せば、ふわり、と手を離れて宙に浮くイダル。
それもまた、キラキラと紫の尾をひいて、空を駆ける光に加わった。
スィンパを見つけて駆けてきたニェポも、それを見送る。
「空のあれ、イダルだったんだ。・・・一体何なんだろう」
「さてねぇ、私にも皆目さっぱりだ。けれど、大事なことが一つ分かりましたよニェポさん」
嬉しげな声に危険を感じたニェポがくるりと背を向けるが、スィンパがその襟首を後ろから掴む。
「イダルの集まる場所に謎の美女がいるはず。ねぇニェポ、手を貸して」
最後の一言に振り返ると、ニェポはもがくのを止めた。
「なんでこういうときに限って真面目な顔して頼むかなぁ。やめてよね、そんなの断れなくなっちゃうよ」
「へっへっへ、毎度どうも!助かっちゃうなー」
「引き受けた瞬間いつもの調子だもんな」
ちぇ、と面白くなさそうなニェポを尻目に、スィンパは橙の上に屈み込む。
不機嫌そうに見えるけれど、もう怒っていない。
そわそわと動く尾が、言葉を待っていた。
「橙、助けてくれてありがとう」
礼だけ言って触れようとしたスィンパの手をかわし、橙は咎めるように見上げる。
抜け目ないなぁと笑うと、頭を下げて謝った。
「橙の言葉を真面目に聞こうとしないで、誤魔化してごめんなさい」
「にゃーうー」
すかさず帰ってきたものは、あの船の上で聞いて、誤魔化してしまった橙の言葉。
橙しかいないと思っていたその時には素直に聞くことが出来なかったが、ひなたが傍に居る今、なんとなく理解できた。
「大丈夫だよ、もう橙だけじゃないからさ」
その解釈で正しかったのかは分からない。
しかし橙にはそれで満足だった。
橙もまた、自分のいなくなった後のスィンパを任せられるモンスターが現れた事で、幾分安心してその言葉を伝えられたから。
少し、寂しいけれど。
長かったなぁ、と感慨に浸る橙に、主人は不穏な台詞を吐く。
「今、やっと引退できると思ったでしょ」
「にゃ・・・!?」
「最後に一仕事、お願いします」
指差す先は、イダルが飛び去る水平線の彼方。
ニェポに断れなくなると言われたばかりの真面目さで頼む。
その真摯さ以上に、主人の諦めの悪さを知っている橙は心底疲れたように、はふと息をついた。
とても協力的な仕草ではなかったが、それが付いて来てくれるときの意思表示なのだとスィンパには分かる。
疲れたようなため息は、仕方ないなぁといっている。渋い表情はこれから立ちはだかるであろう苦難を案じ、毛並みを整える仕草は気合を入れている。
長らく共に過ごした時間が、意思疎通を助けていた。
本当に長い付き合いだった。
「いつもありがとうね」
だいぶ色褪せて、柔らかさのなくなった毛並み、筋力が衰えた分だけ細くなってしまった四肢、体は肉が落ちて骨ばって、しかもその骨はきっと想像する以上に脆い。
遠征なんて出来る身体じゃないことは知っていたけれど、いつだって橙は付いて来てくれた。
橙に甘えるのは、今日で最後だ。
改めて自らに言い聞かせると、妙に心の奥がすっとした。

自分に出来ることはきっと多くは無いけれど、
それでもやれることがあったなら、それを放って帰ることだけはすまい。
人々が、紫の光の彼方を見つめる中、スィンパは星も映さず荒れる海に誓った。

「次回、最終回ぬゆくぁん!?」
「にゃふ」
「ここで噛むとか台無しだよもう!」



すれ違って、歩み寄って、
ようやくその手に触れたのはとても暖かいものでした。
それを知った娘は、獣と共に進みます。
物語は、もうすぐ終わり。
その時彼女に何が出来て、何が出来なかったのか・・・
いぢめる神様と、いぢめられる神様にしか、分からない。



エンディングテーマ 『子守唄』(ヴァシアタ民謡)
編曲:暴走少女スィンパ制作委員会
歌:ウル



【次回予告】
にゃ           字幕:(橙です。)
にゃにゃーん       字幕:(ようやく私の後を任せられるモンスターが現れました。)
うにゃーにゃふん     字幕:(主人はあのモモテロとどうやって成長していくのでしょうね。)
にゃーん         字幕:(それは別のお話として、)
にゃっにゃんにゃー    字幕:(最後の一仕事、やってやろうじゃありませんか。)
にゃにゃにゃ、にゃーん  字幕:(イダルの集うその地で私たちを待ち受けているものはなんでしょうか?)

んにゃ、に・・・       字幕:(次回、第六話・・・)
っにゃ、にゃにゃん    字幕:(っとと、なにやら今回は謎解きの出題があるそうですよ)
にゃ、にゃにゃにゃー   字幕:(この後、大海獣ことグジラ(※白紙二枚目の第一話参照)が船着場に現れたそうです)
にゃにゃ、うにゃん    字幕:(ニェポさんは以前から少しずつ、ユタトラにグジラを誘導していたみたいですね)
にゃーにゃん、にゃうん  字幕:(近海まで来ていたそうですけれど、まだ少し離れた場所だったとか・・・)
うにゃー         字幕:(グジラの方も水温には慣れてきていたみたいですけれど)
にゃにゃにゃん      字幕:(なぜ急に船着き場まで来てしまったのでしょうか)

んにゃ、にゃーにゃう   字幕:(次回、第六話(結)紳士的にわらえれば)
にゃふん・・・        字幕:(いつも通り、疲れます。)




--- ア ト ガ キ ---



あれ?第零話から一年経ってない?と思いましたが、セーフでした。
ファイル作成日時が7月17日なので、構想的には一年経ってしまったようですが。
ええ・・・さて、
すみませんでした!(dogether)
白紙五枚目から実に半年以上の空白があいてしまいました。
前話までに積み上げてきたものを生かしつつ、心情の展開は無理なく、ああでもあれも書きたい、これも書きたい・・・と好き放題やった結果、このざまです。隙だらけです。
加えて、余計な文章がゴテゴテついてきて・・・キレがあって飽きの来ない文章が書けるようになりたいデスネ。
映画みたいに気の利いた一言を入れられるセンスとかね。
挙句、仕上げの仕上げというところをやっててようやく、自分の書こうとしていたものをちゃんと理解してなかったということに気付くという。
一発書きして以来手を加えていない部分もあれば、何度も書き直し継ぎ足し消してはまた全部書き直した部分もあり、その辺の文章の熱の差を眺めて楽しむのもアリだと思います。

そしてもう一つ、原作に無かったシエルレ襲撃事件を捏造しまして、大変原作ブレイクな展開になってしまった事を心よりお詫び申し上げます。
何故あんな人目につく場所でやっていて、援護する者が無かったのか考えたら、ああなりました。
他にも、イダルは『人や物の心を強くするもの』ということで、イダルによるモンスターの暴走を『住処を荒らす人間に対して一矢報いたい』というモンスターの意思の具現と考えると、シエルレたちもまた魔砲少女まじかる☆りぷるんみたくイダルの力で強化されてなきゃ説明がつかない一方で、近海のシエルレと断定するには弱くなきゃいけないという設定の板ばさみになっていましたが、イダルとかイダルじゃないとか考えないことにしました。
もう酷い話ですね、精進します。

酷い点をあげつらえばキリがないのがこの作品なので、この辺にしておくとして、
暴走少女個人の抱えていた問題はここで解決したということで、もうゴールしても良いんじゃないかという天の声も聞こえますが、気の向いた方はもう少しだけお付き合いください。
最後に、橙からヘボい謎かけを出題してもらいましたが、答えが分かった方は当記事のコメント欄からどうぞ。
解答を記載した第六話が上がったら、寄せられた解答を公開したいと思っています。
しょっぱい試みではありますが、よろしくどうぞ!













ここから先には何も書かれていない、何かを書き込むためのスペースだろうか。

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スィンパ

第六話をアップロードしましたので、クイズのキャンペーンを締め切ります。
が、第六話をまだ読んでいなくて、折角だから答えておこうと思われた方がいらっしゃいましたら、どうぞこちらのコメント欄にご解答ください。
by スィンパ (2011-08-14 00:18) 

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